2016.2.2 デコポンの収穫  
デコポンを収穫した。 今年はよく実がついてくれて50個あまりが採れた。 肥料と枝の剪定などのメンテが重要ですなあ。
2016.2.6 プロジェクター  1月8日にプロジェクターのランプが規定の2000時間を超えたので、買い置きしていたものと取り替えたのだが、なんと21日にはランプが破裂してしまった。 ここではたと考えた、選択肢は二つで、新しいランプを2万円程度で購入する。もう一つはプロジェクターを取り替える。
 現在のプロジェクターはシャープのXV-Z3000という定価35万円のもの、我が家のプロジェクター3代目になる。 初代はXV-H1Z、2代はXV-Z90とすべてシャープであったが、シャープはプロジェクターから撤退してしまった。 現在のXV-Z3000で大きな不満があるわけではないが、フルハイビジョンに未対応なのと、騒音が少し大きめなのが不満といえば不満。 で、深く考察して新しく買い換えることに決定した。 しかし、ここからが一苦労であった。 仕様的には4Kという最高峰があるが、実用的にはソフトもないのでそこまでは不要だと判断。 エプソンの新品(実売で9万円、15万円、25万円)か少し前の中古か? はたまたソニーの中古か? 
 実物も先日長崎に行く時に川崎で確認したが、あまりよくわからなかった。
 悩みに悩んだ末、高い買い物を中古にするのはリスクが高いというえっちゃんのアドバイスもあり、エプソンのEH-TW6600という実売15万円のものを注文した。
 EH-TW5350(9万円)とEH-TW6600(15万円)とEH-TW8200(25万円)でも悩んだが、機能と仕様と値段の総合判断でEH-TW6600に決定した。
 天井吊りだが、これまで使っていたシャープの天吊り金具をそのまま流用。 視聴は仮置きの状態でしてみて、明るく、鮮明でエッジが際立っている感じ、それと特筆はきわめて静かなのこと、隣に置いても気にならない。 だが、調整項目が盛りだくさんでそうとうに手間取りそうだ。
2016.4.24 はかま満緒さん はかま満緒さん逝去

 放送作家のはかま満緒さんが亡くなっていたのを、実は今日まで知らなかった。
よく聞くNHKFMの「日曜喫茶室」を何気なく聞いていたら、過去の番組の再編集だったのでもしやと思ってネットで調べたら、去る2月16日に亡くなっていた。
 亡くなる前日の録音だった「日曜喫茶室」を、そうとは知らずに岡山の後楽園を散策しながら聞いていたのを思い出す。
 作曲家宮川泰さんの長男で作曲家の宮川彬良氏、歌手の中尾ミエ(69)、コラムニストの泉麻人氏(59)らとともに、いつものように話されていたのを思い出す。 
 話術にセンスがあり、ダンディな方だったと思う。 まだ76歳だったそうだ、いかにも早すぎると思う、ご冥福を祈る。 
2016.5.9 新スマホ  ガラケイからスマホに代えたのはもう3年以上前、Xperia AX SO-01Eが最新モデルだった2013年の春だ。 
 それから3年でスマホ市場も大きく変わった。 SIMフリーで携帯会社の縛りから解放されて、しかもかなりスマホの値段も、ランニングコストもだいぶ安くなった。 SO-01Eのバッテリーがかなり厳しくなったこと、レスポンスが遅くなったこと、それとテザリングをするのにソフトの力を借りる不便さ(朝日新聞が見れない、数分で切れてしまい有料ソフトを買えとメッセージが出る等々)から、スマホを代えることにした。 
 候補はasusのZenFone Go、 asus ZenFone MAX、プラスワン・マーケティングのFREETEL Priori3S絞った。 
 ZenFone GoとPriori3Sが5インチ、 ZenFone MAXは5.5インチ、実物をみてさすがに5.5インチは大きすぎると判断。 値段に差違はほとんどない、性能もほとんど変わらない、そこで日本メーカーでOCNの動作確認が取れているPriori3Sに決定。 
 バッテリーがこれまでの倍以上の4000ma/hと非常に強力なのが頼もしい。 画面が4.5から5に拡大して、かなり見やすくかつ操作しやすくなった。
 特に文字入力にGraffitiを使っているのでなおさらだ。 
 唯一の欠点は「おさいふケイタイ」機能がないことだが、仕方なくすべてカードにした。 さて、これで4年はもってほしいがどうだろうか? 
2016.6.17 桝添東京都知事  先週、毎年恒例の海外旅行に行ってきた。 今年はえっちゃんの希望でスイス。 それほど期待してはいなかったが、天候に恵まれマッターホルン、モンブラン、ユウングフラウのすべてを見れた、実にラッキーでした。 他と違ってスイスツアーは天候次第。 
 その旅のあいだ中、「桝添東京都知事」のニュースで大賑わいだった。 公私混同、政治資金の流用など、とても弁解してもだめだろうことは本人が一番よくわかっていたはずだが、まあ恐ろしく粘ったものだ。  
 しかし、途中から「辞任」になることは必然だったので、その落ちていく姿を見ていると、実にサドスティック気持ちになってしまった。 
 「他人の不幸は楽しいものだ」と思うのは、不謹慎だろうか? こと、相手が政治家で、悪行がはっきりしているので、まあ許されるかもしれない。
 ネットの情報では、石原のほうがよっぽどひどいことをしていたらしい。 それを真似た桝添の奢りだとか、そうかもしれない。 巨悪はのさばり、小物は追い詰められるのが世の習わしだ。 
2016.7.11

六輔


 TBSラジオ「六輔七転八倒90分」が2016.6.27をもって終了した。 永さんの回復が思わしくなく、番組終了を本人が望んだそうだ。 
 同じTBSラジオの「土曜ワイドラジオ東京」を昨年9月に降板して、時間の短いこの番組に変更して1年もたっていない。 私が永さんを知ったのは、たぶんTVの「遠くに行きたい」だったか?よく覚えていない。 そして、「土曜ワイドラジオ東京」をずいぶん長く聞いてきた。 久米宏さんが、ベストテンのずっと前に、この番組のレポーターをやっていた頃をよく知っている。 
 私はそれから、しばらくはラジオから離れていて、定年になったころまた聞き始めた。 永さんの「だれかとどこかで」を久しぶりに聞いて、「アレレ」と思ったことを思い出す。 あまりにおかしな声、ろれつの回らない声に驚いたのだが、それはパーキンソン病の一番重い時期だったようだ。
 ろれつが回らないのはだいぶ改善して、それほど聞き苦しくなかったここ数年だった。 でも、転倒したりして休みがちになり、手術の回復が思うようにいかなかったらしい。
 最終回も、出演できる状況ではなく、病院で眠っていたようだった。 親父の晩年を思い出す、だんだんと昼間に眠っていることが多くなり、次第次第に衰えていったものだ。
 永さんがまたラジオに復帰する日は来るのだろうか? そういえば同じ年(もしくは1つ下)の大橋巨泉さんも、雑誌の連載を止めた、理由は気力体力がなくなったからだそうだ。 
 この年代の人たちが居なくなったら、戦争を体験した人たちが居なくなったら、この国はどんどん悪い方に転がっていきそうだ。 かつて、明治維新を経験した重鎮が居なくなり、愚かな昭和初期が訪れたように。 2016.6.30

 追記:永さんが亡くなってしまった。 娘からのメールで知ったが、7日に亡くなったようだ。 ちょっと、衝撃が大きすぎる。 どこかで永さんに憧れていたので、ちょっとまずいです。 書きの残したいことがたくさんあるのですが、少し整理してからまとめたい。
 それにしてもラジオ番組を終えて、1ヶ月もしないうちに亡くなるとは、「らしい」といえばまったく「らしい」と言える。
 ご冥福を祈るしかないのか?                                                       2016.7.11
2016.7.19 443116の閉鎖  
 1999.08.07に始めた「443116 タイガース柏谷私設応援団」を閉鎖した。 13年目の2012.12.27になにもかも悪い方向にいき、まさに第2暗黒時代の到来で、冬眠宣言をしていました。 以来、冬眠中の寝言と称して少しだけ継続をしてきました。 金本監督の登場でもう一度やろうかとも思いましたが、さすがにもう「よる年波」には勝てません。 毎試合観戦してその観戦記を書くなど、とてもできるものではありません。 内容を軽くしても同じことでしょう。 
 後ろ髪を引かれますが、普通のファンに戻ってゆっくり観戦します。 
2016.7.20 大橋巨泉さん  またも訃報だ。 大橋巨泉さんが7月12日に急性呼吸不全で亡くなったそうだ、82歳。 
 ついこのあいだ、「徹子の部屋」に永六輔さんと一緒に出演していたと思ったのだが。 そういえば、長く続いた週刊現代の連載を止めたというニュースこそ、つい先日だった。 
 「11PM」「クイズダービー」「世界まるごとHOWマッチ」などなど、TV司会者として一世を風靡した人。 ゴルフ、釣り、麻雀などなどの趣味もすべて一流だった。
 56歳でセミリタイヤ宣言してテレビから去り、ときたま気が向いたときに出る程度、晩年を自由気ままに過ごしたといえるだろう。 10年前にがんが見つかり、そこからは病気との戦いだったともいう。
 それにしても、この年代の先輩がこうも立て続けに亡くなるとは。 晩年の生き方としては憧れていただけに、何とも言えない。 ご冥福を祈る。 
2016.8.20 津軽・南部・下北キャラバン出発  夏風邪をひいてしまったのと、夏ばて気味だったこと、台風が来ていたことなので出発が遅れていたが、今日(8/20)出掛けようと思う。
 今回は、道南の予定を変更して青森(津軽・南部・下北)にした。 なんとはなしに道南だけで1ヶ月以上を過ごすのはどうかなあと思ったのだ。 これまでの道東と道北の旅で道南にだいぶ食い込んでいるし、どうも道南が拓けすぎてしまっていて、道東や道北ほどの魅力が感じにくいようだ。 まあ、道南は来年以降にしようとおもい、青森にした。 春にいった東北の山旅で青森の県境近くまで行ったのだが、目的を登山に限定していたので、見る目が全く違うのだ。 津軽はこれまでも車でも電車でも行っている、が、これは行っただけ。 今回はじっくり巡るつもりだ。 南部と下北は、ほとんど初めての旅になる、楽しみだ。 
 下調べをだいぶ細かくやった、行ってみたいところ、入ってみたい温泉、見てみたいところ等々を地図に落とした、やはりアナログ的だが本物の地図に手で書くのが一番良さそうだ。
 司馬遼太郎作「北のまほろば」も読み返した、街道をゆくシリーズの一冊だが、紀行文というよりこの地域への興味が尽きないものを書き込んだような感じに思えた。 歴史は縄文から、津軽・南部の成り立ち、戦国から幕末まで変化に富んでいる。 津軽人と南部人の確執、太宰治、棟方志功などの魅力的人物、「会津藩が下北に一藩流罪」になった話等々、非常に興味深く読んだ。
 今回は街歩き、登山の割合を年相応に探ってみたい。 登山はせいぜい一週間に1山くらいにした方が良さそうだ、前回は中1日で高低差1000mに登ってバテた。  一応だが登山は白神岳、岩木山、八甲田山くらいを予定している。
 
 それと、気にくわない現在のカーナビ(ゴリラ)を買い換えようかと思っていたら、スマホのアプリでヤフーカーナビを発見、この使い勝手が良ければ、カーナビは不要、それを確認したい。 
 この旅はアミティで出掛ける最後の長期キャラバンになるはずだ、じっくりそしてゆっくり行きたいものだ。 
2016.9.25 豪栄道の初優勝   豪栄道を応援するようになったのはいつ頃だったかと思い出すと、大関昇進の少し前でモタモタしている頃だったと思う。 決して目立ちはしなかったが、実力は誰もが認めていた。 稽古場では無類の強さを発揮するが、本場所ではそれが生かされないことが長く続いた。 
 横綱・大関には五分とは言わないが、しっかり相撲が取れるのに、下位に安易な取り口で簡単に負けてしまう、そういう時期が続いた。 大関昇進はとてつもなく優秀で、将来はその上までと期待されてのことだったかには少し疑問符が付く。 昇進してからは、それまで以上に、実に簡単に負けたような気がする。 昇進後2年間で4度の角番という、2年12場所で4度も負け越したことになる。 
 昇進後の成績がもし昇進前のものなら、昇進できるはずもないほどひどかった。 原因はたくさんあるのだろう、怪我もあるし、大関としてのプレッシャーもあっただろう。 
 それが今場所は何が変わったのか?あまり変わっていないのかもしれないし、大きく変わったのかもしれない。少なくとも今場所は「引かなかった」「安易な取り口がなかった」のは間違いないと思う。 
 豪栄道には3つの大きな欠点がある。 「脇の甘さ」「安易な引き技」「メンタル面の弱さ」
 「脇の甘さ」は日馬富士戦で出た、早い取り口の横綱に脇の甘さをつかれ、もろ差しになられた、その刹那、「首投げ」で横綱を土俵にたたきつけた。決して良い技ではない「首投げ」がでるのは、「脇の甘さ」が原因だ、深く差されてしまうから逆転を狙うしかなくなるのだ。
 「安易な引き技」が今場所はほとんど見られなかった、理由はわからないが、少し我慢を覚えたのかもしれない。
 「メンタル面の弱さ」もある程度は克服できたのかもしれない。 だが、今回の優勝が初場所の琴奨菊のようなフロッグだったのか? それとも一皮むけたのか? は、来場所以降にハッキリするであろう。
 11月の九州場所は、そういう意味では試練の場所になる。 そう簡単に連続優勝、あるいはそれに準じる成績を残せるとは思わないが、もちろん期待はする。 これまでも何回も何回も裏切られ続けたが、また期待して、ハラハラしてテレビにかじりつくことになる。 
 どうも、タイガースもそうだが、弱いものに肩入れする癖は治りそうもない。
2016.10.3 プロ野球  セは広島が実に25年ぶりの優勝をぶっちぎりで決めた。 パは大接戦の終盤で、日本ハムがソフトバンクを鼻の差で抜いての大逆転で優勝。 両リーグともに話題豊富なペナントだった。 
 広島の優勝はやはり感動的であった。 1985から2003まではかなり長かったが、それでも18年、それよりさらに7年も長い間、優勝から遠ざかっていたチーム。 応援していたファンの感激ぶりはよくわかる。 広島は特異な球団だ、マツダという大株主はいても、その関与は他の球団とは全く異なり、市民球団の側面が今も残る。 そして、それが補強方針にも色濃く出ていると思う。 即戦力の選手をとってチームを強くするというのが、普通の球団で、どちらかというと結果をすぐに求めるタイプだが、広島は違う。 
 未知の素材を「育てる」ことを地道に続けている、気が長いといえば気は長いでしょうし、貧乏球団だからといわれればそのとおりでしょう。 
 でも、そういう球団だから、一度で他選手である黒田も新井も、帰ってきて大活躍しているのだろう。 出戻り選手が活躍して優勝の原動力になる、これは広島特有だろう。
 タイガースファンの私が、もしタイガース以外のファンになるとすれば、間違いなく広島カープでしょうね。 伝統の走る野球が大好きなのだ。  MVPは誰になるだろう? 新井だったらこんなに嬉しいことはないのだが。 パのMVPは間違いなく大谷でしょうね、二刀流の成果かもしれない、この優勝は。

 これからアホくさいCSがあるが、できれば広島と日本ハムの日本シリーズをしてほしい、それなら見る気がする。 間違っても横浜とロッテの日本シリーズでもなったら、それこそアホくさい。
 
セ順位 広島−巨人−横浜−タイガース−ヤクルト−中日
パ順位 日本ハム−ソフトバンク−ロッテ−西武−楽天−オリックス 
 
2016.10.6 カーナビ  カーナビはゴリラを使っている、その前はsonyで使いやすかったのだが、残念ながらカーナビから撤退してしまい乗り換えた。 昔、ゴリラを使っていたのと評判、値段などで決めた。 しかし、これが使い勝手が悪すぎるのだ。 近くの施設を探すのに、10km内という制約がかかってしまい、それより遠い場合は県単位の検索になる。 しかも検索条件が10kmの内と外では違うという、とんでもない仕様。 そのほかにもあり得ないような回り道を指定されたり、あるはずの施設がなかったり、実在するのに検索してくれない等々不満だらけだった。 
 それが、近所のかたのはなしで、カーナビはグーグルマップを使っていると教わった。 それで早速試したのだが、どうもイマイチ。 北へ向へとか言われてもどっちが北かわかるものか。 で、ちょっと使用には耐えられないと思っていた。 
 そうこうしていたら、キャンピングカーの快適化でネットサーフィン中に「ヤフーカーナビ」なるものの存在を知った。 
 ダメ元で試してみることにしたら、これは使えると直感した。 8/20からの津軽・南部・下北へのキャラバンで実際に試してみることにした。 
 同じ行き場所を指定しすると、ゴリラとヤフーはほとんど同じ経路を指定した。 1週間ほど二つを同時に動かしたが、ヤフーのほうが明らかに優れているのが解ったので、ゴリラは取り外した。 
 優れている点は、近回り検索という概念が無いので、スーパーと検索すると現在位置を中心に広い範囲を検索してくれる。 地図を拡大してワンタッチで再検索もできる。 
 そのほか良い点ばかりだが、欠点ももちろんある。 検索した施設の詳細を調べるのには「ヤフーここ」というのにつながるのだが、これがイマイチ。 この点はグーグルマップのほうが優れている。 したがって、グーグルマップの活用もすれば「ヤフーカーナビ」で問題は少ない。
 地図のデータが検索できていれば、ネットにつながっていなくても経路どうりに指示は出してくれる。 ただし指定経路を外れるとネットに接続していないと新しい経路を指定してくれない。 
 携帯のテザリングをつかって、7インチタブレットにつなげて使っているが当分はこれでいけそうだ。 
2016.12.7 NHK籾井会長退任   NHKの経営委員会は、次期会長に現職の経営委員で監査委員の上田良一氏(67)を選出した。 現会長の籾井は、言ってみれば「安部のお友達」と言うだけで鑑定の圧力で就任。 数々の失言、政府寄りの発言できわめて評判の悪い人物だった。 
 就任会見で「政府が右と言うことを左とは言えない」と発言して物議を醸し。15年には慰安婦問題をめぐる番組作りについて「政府のスタンスがよくまだ見えない」と、政権寄りの発言を繰り返し、報道機関トップとしての資質が疑問視され続けた。 
 国会でも与野党からその言動をたびたび追及され、NHK予算の国会承認は、通例だった全会一致が3年連続で崩れていた。 
 NHKのOBが度々、籾井を非難しつづけ、退任を迫った報道もあった、これで一安心しただろう。 
 最近、NHKニュースが政府寄りに聞こえるのも、籾井のイメージだったのか、それともNHK内部で籾井の影響が出ていたのか? 
 そういえば先週の「らじおなんですけど」で久米さんが、籾井の再任はないと断言していたのが当たりましたな、お見事!! 
 イギリスのEU離脱、アメリカ大統領選挙、自民党のいつもの暴走と悪いニュースばかりでしたが、小さいけれどやっと良いニュースが流れた感じがする。 
 次期会長に選ばれた上田氏はNHK内部での評判も良いと聞く、是非とも籾井の後始末をうまくやってほしいものだ。
2016.12.11 落語について  前から気に入った落語家のものをユーチューブからダウンロードしてMP3に変換、ウオークマンで聞くというのをやっていた。 これにはまったきっかけは桂枝雀、とにかく面白い、腹を抱えて笑える、もちろん話が巧いのがベース。  「桂枝雀のらくご案内」という本では、演目を60に絞ったと書いてあったが、新作などもあり増えていたようだ。 
 その師匠の桂米朝にも心酔した、枝雀とは異なりとにかく話に品がある。 わかりやすい、上品、もちろん面白いのでひどく納得する。 で、米朝一門のものは見つかるとダウンロードするようにしている。 桂南光、桂ざこば、桂吉朝とバラエティーに富んでいる。
 あと関西では桂文珍、笑福亭松鶴、その弟子の鶴光、新作の大火といえる桂文枝などが面白い。

 そして東で言えば立川談志と古今亭志ん朝の二人につきる。 強烈なライバル意識のこの二人は、もちろん天才である。 しかし、それにしても芸風の違いがすごい。 簡単言ってしまえば「破天荒」の立川談志と、「正統派」の古今亭志ん朝、だがそれほど簡単ではない。 この二人に共通して言えることは、とにかく巧いんだなあ。 
 本気を出した立川談志のその見事な話しっぷり、どこまでもじっくりと聞かせる江戸を感じさせる古今亭志ん朝。 
 立川談志と同門の柳家小三治、これもお気に入りの一人だが、いまだによくわからない部分がある。
 立川談志の弟子では立川志の輔が大のお気に入り、ある一面では師匠を超えたと言っても過言ではない。 立川談春はまだあまり聞いていない、立川しらくは少々荒削りにすぎる。
 最近はこれらの一世代前で柳家小さん、三遊亭圓生などにも手を広げている。 
 まだ聞いていない演目がたくさんあるのと、同じ演目を演者がどう演じるのかの聞き比べも楽しい、とにかく落語は奥が深いのでこれから長く楽しめそうだ。
2016の旅と山  今年の大きな旅は1月の長崎。えっちゃんと一緒に飛行機とレンタカーで長崎を楽しんだが、まさかの雪には参った。 レンタカーは割増料金を払ってチェーン付きを借りたは良かったが、このチェーンが最近のもで、どうにも外れず、JAFのお世話になってしまった。 短い期間だったが、天候には恵まれなかった。 それでも期待していなかったハウステンボスは、トリックアートやイルミネーションで楽しめた。 

 次は「讃岐・備前・備中・備後・美作」を一ヶ月ほどキャラバンした。「道の駅 風の館」に泊まった時には、ラジオ体操をしようとドアをあけたら真っ白、一面の雪にはビックリしたなんてこともあった。 備中松山城と丸亀城は印象深い。 ハプニングはたくさんあったが、看板をみて行ってみるとするとNHKの新日本風土記のオープニングに出てくる醍醐桜を発見、もちろん桜は咲いていなかったが、良い桜でしたね。 それと備中高松城趾は、行ってみて初めて秀吉の水攻めが実感できましたな。 岡山の後楽園は期待していたが、時期も悪かったのか、見事に何もなく殺風景に見えた。 金刀比羅宮、うどん、壇ノ浦、栗林公園、お遍路のまねごとと、讃岐も楽しかった。

 今年の海外旅行はえっちゃんの希望でスイス。 これは見事に大当たり、とにかく見所ではことごとく天候に恵まれた。山の天気が当てにならないのはよくわかっているので、この天気の良さには驚くばかり。 山歩きの一度だけ天気が悪かっただけ。 マッターホルン、モンブラン、アイガーと青空のもとにみれた、さすがに高所でどこでも感動もの。 それと旅行用の電気ケトルを購入し、旅先でコーヒーを飲めたのも良かった。

 東北の山旅は、一度は5日ほどで隣組の不幸で引き返し、6月に出直しました、ちょっと無理をして反省。

 夏の旅はいつもは北海道なのだが、急に津軽・下北に変更し、約40日をかけて巡った。亀ヶ岡遺跡や三内丸山遺跡の縄文関連は興味が引かれた。特に三内丸山遺跡の雄大さには感動した。
 竜飛岬、豪華絢爛の斜陽館、岩木山神社のお山参詣、小ささに驚いた弘前城、棟方志功記念館、完璧な観光名所の恐山、自然の一面を見れた仏ヶ浦、大間では「まぐろだけ丼」、予定外の三沢航空ショー、寺山修司記念館は意味深、十和田市現美術館は孫を連れて行ってやりたい施設。いろいろ行ったがバラエティーに富んで実に楽しかった。

 最後は越前に紅葉目当てで行ったのだが、見事に肩すかし。 目的の刈込池では山中なのに大渋滞で諦めたのが、けちのつき始め。 平泉寺白山神社の苔は確かに素晴らしかった。丸岡城は町のど真ん中の小さな城に驚き、そこにあった日本一短い手紙のコンクール入選作が面白かった。あとはどうもパッとしなかったなあ。 紅葉を求めて滋賀と京都にもまわったが、紅葉は全く駄目。 唯一、彦根城はなかなかでした。 帰りに石川県を少しかすめ、スカイパーク小松は孫を連れて行きたい施設、それと40年ぶりくらいの兼六園はやはり見事、松も苔も。 

 今年の山は21座に登ったが、まだまだ少ないのかとおもう。 香川の飯野山(讃岐富士)に始まり、主なところは会津磐梯山、秋田駒ケ岳、八幡平、栗駒山、焼石岳、蔵王山、安達太良山、男体山と巡ったこと。 一番印象に残っているのは焼石岳だ、この山に毎日登るというおばさんには、恐れ入りました。 それぞれにたくさんの思い出ができたが、最後の男体山に登ったあと、体調を崩してしまい、若くはないと実感したものだ、これ以降は無理な行程は避けるようにした。
 津軽の旅ではなんといっても念願の八甲田山でしょうね、何年越しだったかかな。 
 ちょっと暇ができて軽く行った塔ノ岳は、かなり苦しい尾根歩きで四苦八苦しました。 えっちゃんと登った四阿山もかなりきつかったし、越前で登った荒島岳もそれなりに厳しかった。 旅に出ると必ず山に登ることが定番になってきたが、無理をせずに余裕を持って登りたいものだ。 


 今年の外泊は191泊、外泊率はやっとのことで目標を上回り52.3%、来年はどうなることか。 ちなみに13年151泊、14年123泊、15年172泊。